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聞く力

2月27日(木)

木曜日のクラスで毎週続けてきたディベートは、今週が最終回。ということで、優勝チームを決めるディベート大会を開きました。だいたい力が同じになるようにチームを作り、トーナメント戦をしました。

今学期初めの頃は、自分の意見を言うので精いっぱいでした。相手チームの意見をしっかり聞いて、それに反論・質問するという、ディベートの基本ができた学生は2、3人しかいませんでした。それが、全員とまでは言いませんが、多くの学生が「確かに○○ということもありますが、□□は◎◎ではないかと思います」「××と言いましたが、△△の面ではどうですか」といった質問や反論がたくさん出るようになりました。

Pさん、Sさんなどは、初回から、相手の主張を几帳面にメモし、それを見ながら反論していました。これができるようになってもらいたいと思っていたのですが、KさんやLさん、Mさんたちも、私の目の前でメモを取っていました。そのため、ディベートの議論がかみ合うようになりました。短い間に成長したものだと思います。

KCPの学生は香車型が多く、自分の主張はできても、相手の主張をきちんと受け止めることはあまりしません。でも、今学期の訓練(?)の甲斐あって、このクラスの学生たちは、一歩下がったり、横に出て角度を変えて問題を見つめ直したりできるようになりました。喜ばしい限りです。

このクラスの学生の大半は今学期卒業して、進学したり就職したりします。この授業は、そういう学生たちへのはなむけになったでしょうか。

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まだ週末じゃないよ

2月26日(水)

今週は月曜日が振り替え休日で、金曜日がバス旅行ですから、1週間が早いです。午前中の授業で学生にバス旅行の予定を説明し、その後に、同じバスに乗り合わせる先生方と打ち合わせをしたら、今週の仕事の大半が終わってしまったような錯覚にとらわれてしまいました。もちろん、バス旅行が今週の最大の仕事ですから、実際には半分どころか半分の半分も終わっていません。

仕事が終わってしまったように感じる1つの原因は、選択授業がないからだと思います。昨日の火曜日は卒業認定試験、金曜日はバス旅行ですから、今週は週に2日の選択授業がどちらもつぶれてしまうのです。選択授業の授業内容はすべて自分で考えなければなりませんから、それがないというのは私にとって結構大きな意味を持つのです。でも、来週は両方ともありますから、バス旅行の帰りは居眠りなんかせずに選択授業で何をするか考えなければならないかもしれません。

選択授業の代わりに、バスの中で学生たちに出す箱根クイズを考えました。私の趣味で問題を作ってしまうと、箱根の火山を形成している岩石の主なものは何かなどということになり、だれも興味を示さないことでしょう。ですから、学生が食いつきそうな事柄を見つけ出し、問題にしました。

バス旅行で立ち寄る大涌谷の名物「黒たまご」はなぜ黒いのかというのを加えようとしました。温泉中に含まれる鉄や硫化水素が反応して黒い化合物をつくると言われていました。一応ウラを取ろうとネットで調べてみると、そうではないということが、つい最近わかったそうです。勉強になりました。高校生が定説に疑問を抱き、実験を繰り返し、答えにたどり着いたとのことです。立派なものです。

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一覧性と俯瞰性

2月25日(火)

3連休中のことでした。スマホで仕事用の受信トレイをのぞくと、Gさんからメールが来ていました。T大学に受かったと書いてありました。先週末は非常に機嫌が悪そうで、入試の結果を聞きたくても聞けなかったのですが、いい結果が得られたようでした。

そのメールは入試の結果を知らせるためではなく、Gさんの本意はその後にありました。入学手続きをどのように進めたらいいか教えてほしいということでした。「明日、学校で聞いてもいいか」と書かれていましたが、「明日は、学校は休みなので、あさってに」と返信しました。

その“あさって”が来ました。午前の授業の後、卒業認定試験を受けたGさんが職員室に姿を現しました。Gさんが見せてくれた書類には、合格通知書があり、確かにT大学に受かったことを力強く訴えていました。しかし、主だった書類はそれだけで、必要書類はすべてメールで送られているとのことでした。Gさんのスマホの小さな画面を見せられましたが、字が細かすぎて何もわからず、拡大すると何の話かわからなくなり、結局、T大学からのメールを転送してもらいました。

それをプリントアウトして、ようやくGさんの疑問点と、その答えが見えてきました。今朝の授業で、「紙の教科書は、デジタル教科書に比べて一卵性と俯瞰性に優れている」などというテキストを読んだばかりでしたが、まさにそれを地で行ってしまいました。

内容的にはごく当たり前のことでしたが、初めての合格手続きのGさんにとっては、不安いっぱいの大仕事だったのでしょう。早速Gさんに知らせると、「ありがとう!」という、いかにもGさんらしいメールが返ってきました。

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叫び

2月21日(金)

先週のI大学の入試から帰って来てから、Zさんは「21日の午後1時に発表です」と、私と顔を合わすたびに言っていました。昨日も、「先生、明日の1時に運命が決まります」などと声をかけてきました。

午前中の授業が終わり、職員室に戻ろうと教室を出たら、「先生、あと40分ですよ」と、Zさんに絡まれました。昼ご飯を食べて来いと追い返して職員室内で仕事をしていると、いつの間にか1時を過ぎていました。連休明けの火曜日は卒業認定試験があるため、特別態勢になります。その準備をしていたら、ロビーからZさんに呼ばれました。運命が決まったのかなと思って出て行くと、いきなり抱き着かれました。「先生、I大学に合格しました」。

「いいから落ち着け!」と体を離したら、今度は床に倒れ込んで手足をばたつかせ、大きな叫び声を1つ。相談に来ていた午後授業の学生がびっくりしていました。その後、職員室に入り、大きな声で、「みなさん、私はI大学に合格しました。先生方がいろいろ教えてくださったおかげです。ありがとうございました」と報告しました。拍手が湧き上がりました。教壇実習中の養成講座のみなさんにとっても、番外の経験になったのではないでしょうか。

しかし、冷静にZさんの喜びの言葉を聞くと、何を言っているのかよくわからないところもありました。上述のセリフも、意訳の部分があります。面接練習でさんざん注意したことが、まだ定着していないのかと、Zさんの声が響く陰で頭を抱えていました。

でも、何はともあれ、よくやったとほめてやりたいです。

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やさしい日本語に挑戦

2月20日(木)

理科の日本語プラスを取っているCさんは、とてもまじめな学生です。中級になったばかりですから日本語力はまだまだですが、授業から何かを学び取ろうという気持ちは、今学期私が多少なりとも関わりを持っている学生たちの中で1番でしょう。

「日本語力はまだまだ」と言いましたが、このごろ、EJUの理科の過去問や、物理や化学の授業内容について、日本語で質問してくるようになりました。特に、問題の解き方を詳しく説明してほしいという質問が増えました。これは、理科の学術用語を日本語で理解し、図表や式などを参考にしながら、抽象度の高い議論についていけるようになったということです。話し方が拙いですから“まだまだ”などと評されてしまいがちですが、それ以外の面ではかなり高い能力を有しているのかもしれません。こういう、グンと伸びそうな予感のする学生は、思わず応援したくなります。

EJUの過去問には、必ず模範解答を作っています。解説も兼ねていますから、大学入試の答案より多少詳しく正解を得るまでの道のりを書いています。この模範解答、どうしても格調高く作りたくなるんですねえ。そうすると、自ずとCさんのような“まだまだ”にとってはわかりにくくなってしまいます。やさしい日本語に背を向ける形なのですが、型がある程度決まっていますから、書くのが楽なのです。表向きは格調高くなどと言いながら、内実は学生のためになる教材づくりを怠っているに過ぎません。

B社のページによると、去年のEJU2回分の過去問集は、3月下旬に刊行されるそうです。それが出たら、今年こそ、やさしい日本語で答案を書きたいものです。Cさんがすぐわかる解説を心がけます。

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さすが

2月19日(水)

最上級クラスの発表会をしました。社会問題について調べたことを、スライドを使って発表します。

昨日の夕方の時点でスライドが未完成の学生が数名いたので、スライドを完成しておくようにというメールを送っておきました。そして、今朝、学生たちのスライドをのぞいてみると、みんな出来上がっているではありませんか。朝、目が覚めたら、枕元にクリスマスプレゼントが置かれていたような気持ちでした。

何と言っても、学生たちが発表を怖がっていないのが、さすが最上級クラスですね。みんな、よく通る声で堂々と発表していました。授業中めったにしゃべらないSさんも、スライドを効果的に使って、わかりやすい発表をしてくれました。同じ上級でも、私が受け持っているクラスだと、ささやきかつぶやきかさもなければ聴力検査かわからなような声で、スマホに覚えてもらった原稿を読み上げるであろうと思われる学生の顔が、5人ぐらい思い浮かびます。

原稿を読んでいても、話し方が自然なんですよね、このクラスの学生たちは。漢字が読めなくて立ち往生してしまうことがありません。読み間違いはいくつかありましたが、大勢に影響がありませんでしたから、大目に見てあげましょう。欲を言えば、モニター画面を指し示しながらしゃべってもらうと、より一層、聞き手への訴求力が増すのではないかと思いました。

聴いている学生たちにも評価してもらいました。そのコメントが的確で、これまた感心させられました。話す力も聞く力も、CEFRの最高ランク、C2でしょうね。よくここまで伸びたものです。

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科学ねの関心

2月18日(火)

上級クラスで、読解の教科書に「科学に関するニュースで興味を持ったこと/ものはありますか」という問いかけがありましたから、それをそのまま学生に聞いてみました。すると、半数以上の学生がスマホを取り出しました。科学に関するニュースを検索したのでしょう。数分時間を与えて、何人かの学生に聞いてみました。AI技術とか、地震とかといった答えが返ってきましたが、「特にありません」も1人、2人ではありませんでした。

科学への関心が薄いんだなあと思いました。科学に気づく力が弱いと言ってもいいでしょう。料理だって化学反応の一種だし、月は天文学の入口です。インフルエンザを始め、病気関係はみんなそうですよね。日本各地に大雪が降っているのも、スマホで検索できるのも、みんな科学の助けがあればこそです。この世の森羅万象が科学に通じていると言ったら、さすがに言い過ぎでしょうか。

単に科学に興味がないだけなら、個人の趣味の範囲かもしれません。しかし、世の中全般に興味がないとなると、看過できません。自分の身の回りの、自分に直接かかわりのある事柄にしか興味を示さないのだとしたら、世の中を生き抜いて行けません。そんな狭い世界で満足しているのなら、何のために生まれ育った国の外に出たのでしょう。留学の果実の過半に目も向けずに捨ててしまうのと同じです。

ノーベル賞の理論や技術に興味を持てなどとは言っていません。でも、上述のような事柄に何の関心もなかったら、惰性で生きているだけのような気がするんですがねえ。これは、私が理系人間だから感じてしまうことなんでしょうか。

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痛い目に遭わないと

2月17日(月)

先週の土曜日は、RさんのI大学受験日でした。お昼過ぎに、そろそろ面接の頃だろうかと思いましたが、その後は仕事に取り紛れてすっかり忘れていました。

昨日、仕事用の受信トレイを開いてみると、土曜日の夜にRさんからのメールが来ていました。本人の反省の弁が縷々書かれていました。今までに何回も面接練習をし、そのたびにあれこれ注意してきたのに、その注意が身に染みていなかったんですね。痛い目に遭って初めてそういうものなのかと理解できたのでしょう。

話すスピードが速すぎると言い続けてきたのですが、土曜日も全速力でしゃべってしまったようです。面接官が非常にゆっくり問いかけてきたのが、実は自分への注意だったのかもしれないという気付きがあった点は、進歩があったと認めてあげてもいいでしょう。

ぞんざいな言葉を使いがちな口癖も、たっぷり出てしまったようです。これも、それに気づいた点は偉いですが、抑えることができなかったのですから、面接官の印象は芳しくなかったでしょうね。

Rさんは、速くしゃべることが日本語の上手さを表すと信じていた節がありました。そうじゃないんだ、相手に伝わる話し方をすることがコミュニケーションの要だ、そして、面接はコミュニケーション力のテストでもあると、Rさんの耳はタコだらけになっているはずなのですが、まだ足りなかったようです。

結局、私の言葉もRさんに響いていなかったということは、私のコミュニケーション力も知れたものだったということです。幸いにもというか、Rさんはもう1校受験します。その面接では、Rさんの実力をいかんなく発揮させてあげたいものです。

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ご利用いただけます

2月15日(土)

「当店では、各種QRコード決済がご利用いただけます」という表示を見かけたら、あるいは店員さんからこのように言われたら、みなさんはどうお感じになりますか。私は苦笑いしながらスマホの操作を始めるでしょう。

国文法の問題です。“いただきます”は、尊敬語ですか、謙譲語ですか。高校までの国語の時間に、謙譲語だと習ってきたはずです。謙譲語の主語(動作主)は誰ですか。“私(たち)”ですね。

ここで、もう一度「当店では、各種QRコード決済がご利用いただけます」を見てください。誰が“ご利用いただけ”るのですか。素直に解釈すれば、来店したお客さんですよね。つまり、この文は謙譲語の動作主がお客さんになっているのです。何と失礼なことでしょう。これが、私の苦笑いの原因です。

もちろん、店の側にそんな気持ちなどみじんもないことは百も承知しています。だから苦笑いしつつもスマホを操作し、支払おうとするのです。でも、文法の誤りは見逃すわけにはいきません。

この手の誤りは、至る所にあります。「こちらから富士山がご覧いただけます」「こちらにキーを差し込んでいただくと、部屋の電気がつきます」「特急券のないお客様は、ご乗車いただけません」…。なぜ、みんな平然と同じ誤りを犯しているのでしょう。

文化庁は、2007年に謙譲語を2つに分けました。謙譲語Ⅰは、申し上げる、伺うなど、謙譲語Ⅱは、参る、申すなどです。謙譲語Ⅱは丁重語とも呼ばれ、物事を相手(多くの場合、目上)に向かって丁重に伝える時に用います。「社長、お時間です。会議室に参りましょう」「社長、お時間です。会議室に行きましょう」の2つを比較すると、前者の方が丁寧な感じがしますね。参るのは、私だけではなく、社長もです。会議室にいるのがお客様ではなく、社長にとっては部下ばかりでも、“参る”という謙譲語Ⅱが使えるのです。物事を丁重に伝えるのですから、同僚に対して“おい、佐藤、時間だから会議室に参ろうぜ”などとは使えません。“おい、佐藤、時間だから会議室に行こうぜ”なら問題ありません。“参ろう“は、丁寧さのない普通体の1つであり、終助詞“ぜ”は、丁重さとは正反対の雰囲気をもたらします。

“いただく”は、本来、謙譲語Ⅰですが、これを謙譲語Ⅱと勘違いして使っているのが“ご利用いただけます”だと考えられます。“ご利用いただけるよ”は丁寧さのバランスが悪いですよね。

でも、全国津々浦々にこのような誤用が浸透しているとなると、もはや誤用ではなく、“いただく”に丁重語としての機能が加わったと考えるべきでしょう。とはいえ、学生には“ご利用になれません”と教えるでしょうね。JLPTなどで間違えられちゃったら困りますから。

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変更

2月14日(金)

朝、Iさんが担任のK先生に何事か言いに来ました。そのK先生が私に「Iさんが先生の選択授業に出たいと言っているんですが…」と聞きに来ました。私の選択授業は“身近な科学”で、Iさんの興味の向かう先とはだいぶ違うと思います。Iさんが学期初めに選んだ選択授業は、“美術館に行こう”でしたから。

K先生からさらにもっと話を聞いてみると、美術館に行くのは面倒くさいから、どこにも出かけない選択授業に変えたいということでした。Iさんは自分で“美術館に行こう”を選んだんですよ、学期初めに。第2志望に回されたとかじゃありません。それぞれの説明を読んだ上での選択です。上級の学生ですから、その説明文がわからないなどということはありません。読んでもわからなかったのだったら、上級にいる資格がありません。中級どころか、初級に落ちてもらいたいくらいです。

先週も行きたくないとごねて、結局選択授業の時間は帰ってしまったそうですから、しかたなく引き受けました。身近な科学の時間になっても、Iさんは話を聴こうというそぶりも見せませんでした。ひたすらスマホ三昧です。教室の一番隅っこの席に陣取っていましたから、まじめに聴いている学生に悪影響はないだろうと思い、無視しました。そんな学生にかかわりあっている時間がもったいないですから。

要するに、Iさんは、自分のごく狭い興味対象外には、無関心なんですね。新たな分野を開拓しようなどとは全く思わないのです。進学先は決まっていますが、こんな気持ちじゃ、進学先でもろくな勉強はできないでしょう。でも、進学先はKCPの選択授業みたいに気安く変えることはできません。

1年後、いや、半年後、Iさんはどこで何をしているのでしょう。

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