KCP地球市民日本語学校校長・金原宏のブログです。
1月23日(水)
アルジェリアの人質事件で多くの犠牲者が出ました。事件の背景がいろいろと報道されていますが、私はどうしても心の底から納得できません。決して泣き寝入りしない人は強い人かもしれませんが、ずっとそういう歴史を繰り返すという点がどうにもわかりません。平和ボケと言われそうですが、私の考えはその上にはなかなか行きません。
アメリカ政府は、この強行突入を評価するコメントを発表しました。確かに、突入がなければ天然ガス関連施設に手を出していたでしょうし、人質全員が殺された可能性は否定できません。話せばわかるという相手ではないから有無を言わさず強硬手段に訴えるというやり方を否定するのは容易ですが、それに代わる解決策を出せと迫られても、私にはありません。
大阪の高校での事件をきっかけに、最近学校での体罰に対する批判が強まっています。隠されていた体罰が明るみに出るケースも目立ちます。私はもちろん体罰は与えません。諄々と説けばこちらの思いは伝わると信じています。でも、ねちこちと説教されるよりは一発殴られたほうが、学生にとってはスッキリするのかなと思うこともあります。
子供や生徒が言うことを聞かないとき、アルジェリアではどんな指導をするんでしょうか。命のやり取りが日本よりはるかに身近に行われているところでは、どんな教育がなされているのでしょう。すぐに手が出るのだろうかと思う反面、親や教師といえども報復を恐れて、案外何もしないんじゃないかとも思います。敵は徹底的につぶすという考え方はどこで植えつけられるのでしょうか。そもそもこんなこと考えること自体、平和ボケの証拠かもしれません。
外国人に対してもわかり合えると思い込んでる私のような者は、人質事件の犯人から見ても、強行突入を認める発言をしたアメリカ政府高官から見ても、大甘なのでしょう。でも、その大甘が通用し、まだ信じられる日本に暮らせることを、私は幸せだと思います。
1月22日(火)
今日から、今学期の受験講座の目玉である、英語のTOEFLクラスが始まりました。先週の水曜日にプレースメントテストをして、しかるべき点数を取った学生だけを集めました。そういう英語がある程度以上できる学生たちを集めましたが、TOEFLで高得点を取るためのクラスですから、果たしてついていけるかどうか心配でした。
かなり値の張る教科書を使うので、学生たちがどこまで本気か確かめねばなりません。時間の最初に担当のM先生を紹介し、あとはM先生におまかせして、授業終了間際にまた教室を訪れました。授業の最初はやる気満々だった学生たちも、M先生にたっぷりしごかれて、私が再び教室を訪れた時は生気を失ったような顔をしていました。“How's the class?”と聞いても反応はなく、魂が抜けたような状態でした。しかし、「みなさん、この教科書を使ってTOEFLのクラスを続けますか」と聞くと、元気よく「はい」という返事が。今日はだいぶ大きなショックを受けたのかもしれませんが、それにつぶされてはいないようで、ひと安心しました。
今日の学生たちが実際にTOEFLを受けるのは半年ぐらい先です。それまでの間、M先生にみっちり鍛えていただければ、かなりの得点があげられるようになるでしょう。そうすれば、大学進学の学生も大学院進学の学生も、志望校に近づくことができます。毎週茫然自失に陥るくらい絞られることでしょうが、その苦しみの向こう側に光明が見えてくるのが受験というものです。
初めての授業だったM先生からも、「いい学生さんたちですね」というお褒めのお言葉をいただきました。これが実績につながった時、本当の意味でいい学生になるのです。1期生のみなさんの健闘を切に願います。
1月21日(月)
昨日が大寒で、今が1年で最も寒い時期です。先週の雪がようやく解けたかと思ったら、明日はまた雪になるという予報が出ています。でも、この前の雪の時は、気象庁の予報は大ハズレでしたから、明日もどうなることやら…。
この時期の東京の天気は、太平洋を東へ進む低気圧がどこを通過するかにかかっています。そのコースが微妙にずれただけで、雪になったり雨で踏みとどまったりと、結果が大きく違ってきます。晴れの予報だったのに実際は曇りになっても、実害はほとんどないでしょう。降水確率30%で雨に降られたとしても、しょうがないなあとあきらめる人が多いと思います。でも、雨か雪かはそんなのよりも大きな段差があります。雪は交通機関に影響を及ぼしますから。
でも、この低気圧の進むコースの予報は、かなり難しいです。大島のあたりを通るのか、八丈島近くなのかという南北方向の予報は、東西方向の予報に比べて数段難易度が高いです。梅雨前線がどこに停滞するかで天気が大きく変わることがありますが、これも同類です。
天気予報の当たる確率は85%ぐらいだそうですが、雪か雨かというクリティカルな場合の確率はもっと低いのではないでしょうか。そして、こういう場合こそ予報が当たってほしいわけですから、一般庶民の天気予報に対する採点は辛くならざるを得ません。晴れが曇りでも、場合によっては小雨でも、許される範囲かもしれません。しかし、雨の予報で雪が降ったら、だまされたと思う人が多いとお思います。「降水があった」という点では雨でも雪でも同じですが、一般庶民の生活においては、雨と雪の間には画然とした一線があります。
先日の雪では、雪を初めて見たという学生がはしゃいでしました。もし、明日の朝がまた雪景色だったらどう思うでしょう。はしゃげる程度の雪だったら、幸せですけどね。
1月18日(金)
今学期は受験講座の理科系の数学を取る学生が多いため、久しぶりに私も数学の授業をすることになりました。大学院入試を目指す学生もいるので、ちょっとやり方を変えてみました。今までは高校の教科書と同じ順番で、二次方程式や関数とグラフから始めていましたが、今日はいきなり微分をしました。微分と積分は高校数学の最終到達点と言われていますから、いわば頂上作戦に出たのです。
大学院進学の学生は国の大学で微分を勉強していますし、理科系の大学進学を狙っている学生も国の高校などでそれなり以上の数学を勉強していることでしょう。ですから、学生たちにとって微分は復習事項のはずです。入試に一番よく出る微分を最初に取り上げ、復習する機会と期間をたっぷりあげるというのも理にかなっていると思い、そうしてみたのです。
人間は忘れる動物とはよく言ったもので、微分の公式がかなりあやふやになっている学生もいました。たとえあやふやになっていても、微分の公式は微分の定義にまで戻れば必ず導き出せます。今日はそんなところにも力を入れました。
それと同時に、今日はプリントを1枚も配りませんでした。なぜかというと、プリント配るとそれを見ただけで分かった気になってしまうからです。ところが、数学はそんなに甘くはありません。その場で理解したつもりになっただけでは、実戦時には何の役にも立ちません。たとえ教科書の式をそのまま写すにしても、自分の手を動かすことで印象が強まり、脳内により堅固に記憶されるものです。私がホワイトボードに書いた式や説明をノートに書き取ることで、学生たちの頭に残る何物かを与えたかったのです。
長丁場の受験勉強が始まりました。数学にしても他の教科にしても、今日勉強したから急に力が伸びるという性格のものではありません。一つ一つ積み上げていく作業を根気強く続けることが何より大事です。1年後、KCPの新校舎が完成する頃はどんな顔をしているのでしょう。
1月17日(木)
今日は阪神淡路大震災からちょうど18年目です。当時、私は山口県に住んでいて、結構強い揺れで目を覚ましました。すぐにテレビをつけると、関西地方が震源だということがわかりました。大阪あたりの被害状況はすぐに報道されましたが、神戸市内がとんでもないことになっていたことがわかったのは、しばらく経ってからでした。18年前は携帯電話やインターネットが普及しておらず、ましてやツイッターやフェイスブックなど影も形もありません。本当に被害のひどい所からは、発信しようにも機材の調整が必要となり、発信が遅れてしまったのです。
高架橋がポッキリ折れた高速道路、上層階がすとんと落ちて不自然に背が縮んだようなビル、焼け野原にチロチロと姿を仄見せる残り火、今でもその様子が思い出されます。3か月後に新幹線の車窓から見えた神戸市街はすきまだらけで、建物はブルーシートに覆われていました。今の神戸は一見地震の傷跡など消えたしまったかのようです。市内を歩いてつぶさに探せば、モニュメントのようなものは見つけられます。そんなモニュメントがなければ、この街を廃墟にしかけたほどの大地震があったことは忘れ去られてしまうでしょう。それぐらい、神戸の街は新しく生まれ変わりました。
今、KCPに通っている学生たちは、大半がこの震災の直前に生まれました。震災は物心つく前で、しかも他国の出来事とあっては、来日するまで学生たちの知るところではなかったとしても不思議ではありません。でも、日本へ来たからには、阪神淡路大震災について1つでも多くのことを学んでほしいです。復旧にあたった人々が何を感じ何を考えたのか、それを通して人間の強さみたいなものを目の当たりにしてもらいたいです。
1月16日(水)
今学期の英語の受験講座のクラス分けテストをしました。今学期からTOEFLクラスができました。このクラスに入るためのテストも兼ねていたため、2つの教室が満杯になるほどの大盛況でした。
最初はリスニングテスト。指示も英語で出されると聞いた学生たちは、とたんに余裕がなくなりました。約30分間、CDの音声以外、学生の息も聞こえないほど、教室は張りつめた空気で満たされました。それに続くリーディングや単語力のテストも、学生の表情を見る限り、かなりの緊張感が漂っていました。しかし、中にはあまりの難しさに早々にリタイヤしてしまう学生もいました。
採点してみると、進学コースのHさんが最高点でした。難関のリスニングと長文読解が満点で、他の学生から頭ひとつ抜け出していました。ただ、Hさんはまだどの方向に進むのかまだはっきり決まっておらず、この英語力をいかに活かしていくかが私たちにとってもこれからの課題です。
学生たちにとっては外国語にあたる日本語と英語を並行して学ぶというのは、かなりな重荷だと思います。それに加えて数学やら総合科目やらも勉強しなければ、志望校には合格できません。でも、学生たちの若くて柔軟な頭をもってすれば、それも可能なはずです。今日テストを受けた学生たちは、まだ受験勉強の厳しさを知りません。まだ鍛えられていないと言ったほうが正確かもしれません。Hさんのような有望な学生も、途中でリタイヤしてしまった学生も、黒い誘惑に負けないで力を伸ばし、夢を叶えてもらいたいです。
1月15日(火)
昨日は大変な日でしたね。東京の積雪はたかだか8センチでしたが、交通機関はめちゃくちゃでした。雪で転んだ人を運んでいると思われる救急車も、とても緊急自動車とは思えないほどのスピードでしたが、サイレンだけは鳴らしていました。N先生は所用で大宮まで行ったものの、帰りの足は新幹線しかなかったとか。羽田空港は閉鎖になりましたが、東海道新幹線も含めて、新幹線は数分遅れぐらいで動いていました。新幹線は、在来線とは違う鉄道システムなんですね。
今朝はさほど気温が下がらなかったため、雪がアイスバーンにはなっていませんでしたが、もちろん道はいつもどおりに歩けるわけではありません。私は靴底のグリップ力が強いウォーキングシューズで出勤しました。出勤して、まず、仕事は雪かきをしました。強力な雪かき道具がなかったので、家から持ってきたちりとりで少しずつ道を作りました。カチンコチンに固まっていなかったのが本当に幸いして、小一時間の作業で学校の前の雪はなんとか片付けられました。自分が雪かきしたばかりの道をわざわざ選んで歩いていく人を見ると、なんだかうれしくなりました。
歩道の雪は何とかしましたが、車道の雪はいかんともし難く、学校の目の前の交差点は立ち往生したりお尻を振ったりする車が続出。事故にはなりませんでしたが、危ない場面も見られました。交差点からのわずかばかりの坂道が登れないでいる車に手を貸しました。思った以上に手ごわくて、5人がかりぐらいで後押しをして、10分以上もかかって、なんとかスリップしまくりの状態から抜け出させることができました。雪かきから始まってここまで、3日分ぐらいの仕事をしたようでした。
午後になると雪かきも雪解けも進み、だいぶ普通に歩けるようになりました。でも、雪かきをやらないビルや店の前だけはグチョグチョで、歩きにくいことこの上ありません。こういうところに大家や店子の公徳心が現れるものだと思いました。さて、ウチの前はどうなっているでしょうか。学校では公徳心を発揮しましたが、ウチの方はほったらかしで、ちょっぴり気がとがめます。
1月11日(金)
新学期早々、JさんがT大学に受かったという朗報が入ってきました。JさんはT大学しか受けないと言っていましたから、教師としても胸をなでおろしました。幸先のいいスタートになり、これからも続々と合格の知らせが寄せられるといいですね。
その一方で、Hさんは週末に迫ったR大学の面接練習に余念がありません。面接官役のK先生から厳しく指導されながら、何回もやり直しを繰り返し、少しずつ形ができあがっていきました。どんなにダメ出しをされても、ひるむことなくまた向かっていこうとするHさんからは、R大学にかける意気込みを強く感じました。
また、Yさんは国立大学はどこに出願したらいいかという相談に来ました。この時期ですから、さすがに夢みたいなことは言いません。EJUの成績を踏まえた、現実的な志望校を選択していました。大学で勉強できる事柄までしっかり調べており、年末年始の休みにきちんと研究したんだなと思いました。
さらに、来週からは2014年大学進学を目指す学生たちへの受験講座が始まります。お正月気分が抜けきれていない学生も含め、いろんなモードの学生が複雑に交錯しているKCPです。
1月10日(木)
始業日の前日は、毎学期、教科書販売の準備をします。各レベルの学生数に合わせて教科書を手配し、それを教科書販売会場にセットします。手垢のついていない、汚れや折れのない各種教科書が何十冊も山になって並ぶ様子は、結構壮観です。
明日学生の手に渡る教科書が、学生の日本語力向上のために役立つのか、それともきれいなまんま3か月が過ぎてしまうのか、気になるところです。中には、電車かどこかに忘れられる不運な教科書もあります。書き込みがなされ、マーカーや赤ペンでラインが引かれ、手垢で真っ黒になるくらい使い込まれたら、学生の実力も上がるでしょうし、教科書としても本望でしょう。
初級と中級は毎学期同じ教科書ですが、上級は時期により教科書の内容が異なります。学生の顔を思い浮かべながら、学生の必要釣ることを考えて担当の先生が編集する、心のこもった教科書です。そういう教科書を手に取って読んでみるのも、教科書販売の準備の楽しみです。「ああ、またこの教材が登場する季節になったか」と思うこともあれば、「これは初登場だな。私だったらどう使うだろうか」なんて考えてみることもあります。
明日から新しい仲間を加えて、新しいクラスがスタートします。卒業する学生には実質2か月の短い学期ですが、中身の濃い有意義な学期を送り、有終の美を飾ってもらいたいです。
1月9日(水)
夜、Lさんが学校へ来ました。「先生たちが心配になりました」と言いながら、アルバイト先のクロワッサンやシュークリームを持って来てくれました。ちょうど小腹がすいた頃で、絶妙のタイミングでした。教師全員が差し入れに群がり、新学期の準備でちょっとピリピリしていた職員室が、いっぺんにほんわかムードになりました。わかるんですかねえ、晩ごはんの時間になってもなんにも食べずにドタバタしていることが。
明けておととしの秋に入学した時は全然しゃべれず、緊張した面持ちでクラスに入っていたLさんですが、今ではこんなふうに教師と軽口をたたき合えるまでになりました。軽口がたたけるということは、それだけの人間関係・信頼関係が築けているということです。相手の心の中がきちんとつかめていて、コミュニケーションがきちんと取れているということでもあります。単に日本語が話せるだけじゃダメなのです。1年ちょっとの間に、ものすごい進歩だと思います。
Lさんは、しっかりとした関係に基づいた自分なりのコミュニティーを作り上げ、その中での心のつながりを楽しんでいると言えるでしょう。Lさんも12月のJLPTを受けているはずですが、Lさんにはテストでは測れない素晴らしい日本語能力があると思います。これはLさんの宝物です。日本留学で得た何物にも代えがたい財産です。
今学期も多くの学生が入学してきます。まだ、それこそ、海のものとも山のものともわかりません。この中からLさんのような学生が1人でも多く出てくることを願ってやみません。いや、願うだけではいけませんね。私たちが育てていかねければ。
1月8日(火)
昨日はGさん、今日はSさんの面接練習をしました。2人とも上級の学生なのですが、面接のインパクトはどうも…。悪いとまでは言いませんが、印象に残らないのです。無難ではありますが、面接官の心をつかむ何かがありません。出願書類の志望理由書の通りの学生だということはわかりますが、面接官に、ああこの学生に会えてよかったと思わせるようなものがないのです。
それから、卒業後、大学で勉強したことをどのように活かすかが今ひとつはっきりしません。普通に勉強して、普通に就職して、普通に働いて、確かに結果的にはそういう人生を歩むかもしれませんが、面接の時には夢を語ってほしいものです。面接官も、自分の教えたことが学生の人生を華やかなものにすると感じられれば、面接官自身が夢を抱けるような将来像が学生の手によって描かれれば、こいつを採ってみようじゃないかと思うのではないでしょうか。
Gさんは、自分自身も夢が描けていないように見受けられました。大学に入ること自体が最大の目標となってしまっているんじゃないかと思います。受験勉強に疲れて、志望校に入学したとたん気力が消えてしまう日本の高校生と同じじゃ、留学生である価値がありません。Gさんの話を聞きながら、私がGさんの将来を言葉で具体化していくような作業を続けました。最後になってようやくGさんの顔に笑みが戻りました。私の話を参考に面接官に夢を語ってくれれば、多少は合格の可能性が出てくるかもしれません。
Sさんは自分の日本語力を活かしきれていません。11月のEJUの成績が振るわなかったことを気にしすぎて、明らかに萎縮しています。弱気の虫を追い払うために、いろいろな可能性を示して、入学したら何でもできるんだと光を与えました。Sさんも自分の将来像の輪郭が、いくらかは見えてきたんじゃないでしょうか。
2人とも今週末が受験です。それまでに、自分に自信を持ち、将来を熱く語れるようになっていてもらいたいですね。
1月7日(月)
今日は新入生のレベルテストがあり、KCPの2013年が本格的に始まりました。今学期は、中国や韓国はもちろんのこと、インドやスイスといった今まであまり学生が来ていなかった国からの新入生もいます。今日は、ベトナムの学生の歓迎会もあります。一段と国際色が強まりそうです。
それにしても、寒い冬です。早朝の、暖房の入っていないキンキンに冷え切った校舎に入るのには勇気がいります。ベトナムのAさんは、厚着でまん丸になりながら、寒くてたまらないと言っています。今日のレベルテストを受けたインドの学生も、口に出してはいませんでしたが、顔にははっきりと「寒い」と書かれていました。
確か、去年の秋ごろは、暖冬になるという予報が出ていたと思います。それがいつの間にか厳冬の予報に変わり、その予報が現実のものになっている今日このごろというわけです。東京は昨日の朝、氷点下1.4℃と、2006年2月5日の氷点下1.5℃以来の低い気温となりました。年末は大雪に見舞われた地方が多く、12月の積雪の記録を更新したところもあったそうです。
年末年始は名古屋にいましたが、名古屋も寒かったです。風も強かったので、寒さが一層強く感じられました。みぞれ寸前の冷たい雨にも降られました。そんな中、がっちり着込んで歩き回って観光した私も物好きですが…。
名古屋では、桶狭間の戦いの跡を歩きました。厳密に言うと、古戦場は名古屋市と隣の豊明市の境あたりにあります。今川義元が討たれたところとか、その義元の首を洗った井戸だとか、信長軍が通ったと思われる尾根筋だとか、そんなところを歩きました。もう少し陽気のいい季節なら、その周辺も含めてじっくり観察したでしょうが、寒さと雨のため、どうしても見ておきたいところだけ限定で歩きました。
こう書くと不満の残る旅行だったように感じられるかもしれませんが、見逃したところはまた行けばいいと思っています。それどころか、勉強し直して再訪すれば一度で全部見てしまうより深く知ることができると、いいチャンスを与えられたとさえ思っています。
職員室では今日のテストの結果を踏まえて、クラス編成が進められています。明日は担当の先生方との打ち合わせで、金曜日には新学期が始まります…。
12月28日(金)
年末になって、寂しいニュースが入ってきました。大リーグの松井秀喜選手が引退しました。ヤンキースの主力選手として活躍し、ワールドシリーズのMVPにも選ばれました。本人はまだまだやりたいことがあるのかもしれませんが、私たちから見れば功成り名を遂げた上での引退です。
松井選手は、既にイチロー選手がいたとはいえ、またヤンキースから高く評価されていたとはいえ、不安な気持ちを押さえ込んで海を渡って行ったのだと思います。私はそういう松井選手に留学生の姿を重ねてしまいます。彼らも不安だらけで海を越えて日本へやって来ます。松井選手のように高い評価を得ているわけでもありません。自分で道を切り拓いていかない限り、何もできません。自分で橋頭堡を築き、飛躍のための材料を集め、さらなる高みに手を伸ばす――これの繰り返しです。
生活のリズムがつかめたら、すべてが順調に回り始めるのでしょうが、そこまで持って行くまでに一苦労もふた苦労もしなければなりません。また、順調に回り始めたからといってその生活に安住することはできません。大きな目標を達成するためには、その循環をあえて断ち切って新しいことに挑戦することも必要です。進学はそのあえて断ち切る場面の典型に当たるでしょう。
この年末、一時帰国している学生たちも結構います。国で英気を養い、また新たな山に向かって挑戦して行ってもらいたいです。そして、松井選手のように大きな成功を収めて国に錦を飾ってもらいたいです。
今日は仕事納め。学校の前の交差点を対角線に渡ったところにあるお寺で、餅つきをしていました。つきたてのお餅は、温かく粘り強く、とても美味しかったです。今ひとつ年末という感じがしませんでしたが、お餅をいただいたら一気にお正月を迎える気分になりました。
それでは、良いお年を。
12月27日(木)
寒い1日でした。学期が終わってからも、専門学校や大学の方がKCPにいらっしゃいます。どこも学生募集が厳しいようです。奨学金という形で学費を減免したり、その学費の納付期限を遅らせたり、受験資格の日本語力の要件を緩めたり、あの手この手を考えてきます。おととしぐらいまでは「いい学生がいたら是非ご紹介ください」が決まり文句でしたが、いつの間にか「いい」が落ちていました。
また、大学や専門学校の中には、合格基準をかなり下げているところもあるようです。この学生が合格しちゃっていいのっていう、教師としては番狂わせと感じさせられるようなことも、このところよくあります。受かった学生は喜んでいますが、この合格がその学生のためになるのだろうかと心配になります。進学先で実のある勉強するためには日本語力が不可欠です。その日本語力に疑問符がついている学生がいろいろなところに合格しています。入学した学生が卒業までいなかったら、その学校にとっても損失だと思うんですが、どうなのでしょう。
一般に、競争率が3倍ぐらいないときちんとした学生選抜ができないと言われています。少子化に拍車がかかるとともに、この3倍ラインをキープできない大学・専門学校が増えています。経営のためには学生を入れざるを得ませんが、教育の質という面からは合格証書の大安売りは禁じ手のはずです。私は経営者になったことがありませんから、経営者の苦衷を真に理解しているとは思いません。でも、どこかでビジネスモデルの転換を図らないと、近いうちに破綻が生ずることは明らかだと思います。での方向に転換すればよいかがわかれば話は簡単なのですが、それが全く見えないところに、この国の高等教育界が抱える混迷の深さがあるのです。
若い留学生の人生をねじ曲げるような形で、自分たちの学校存続を図るような愚挙だけは慎んでもらいたいですし、そういう日本の教育界の歪みから学生たちを守ることが、私たち教師に課せられた使命だと思います。
12月26日(水)
年末も押し詰まってきましたが、合格発表をする大学がいくつかあります。お昼ごろ、SさんがH大学の合格発表を確認しに学校へ来ました。担任のM先生が祈りと気合を込めて合格発表のページを開くと…、そこにSさんの受験番号がありました。職員室の中に拍手が湧き起りました。同じ学部の違う学科を受けたWさんも合格していました。
私が大学受験をした30年以上も昔と比較してはいけませんが、私の頃はヒヤヒヤ、ドキドキしながら大学の掲示板まで合格発表を見に行ったものです。当時は「個人情報保護」などという考え方があまり発達していなかったので、受験番号とともに合格者の実名が掲示板に張り出されたものです。自分が受験し、ここで学びたいと思った大学の掲示板に自分の名前を見つけた時、高校までの学校とはかなり趣の異なる大学の重厚な建物群やキャンパスを背景に、そこを舞台として学生生活を送る自分の姿に思いを馳せたものです。
そういう合格発表がいながらにしてわかるようになったのですから、便利になったものです。でも、ヒヤヒヤ、ドキドキする場面が大学のキャンパスではなく、自分の部屋や今日のSさんのように学校の一室になるのは、どういうものなのでしょう。落ちてたらどうしようと思いながら大学の門をくぐり、掲示板の前まで足を運ぶことが、発表を見るまでの序曲でした。そんな緊張感の末に自分の名前を発見した時の喜びは、またひとしおだったように思います。マウスでクリックというのが味気ないような気がするのは、私が古い人間だからでしょうね。
それから、Sさんのように学校で先生と一緒に合否発表を見る学生が多いのはどういうことなのでしょうか。合格したら盛大に祝福してもらい、喜びを分かち合い、同時に感謝の気持ちも表したいというところでしょう。確かに、合格がわかった時の晴れがましさは、今日のSさんのように、ライブ中継ですからなおのこと大きくなります。そして、落ちたら慰めてもらい、次の受験校を決めるのに手を貸してもらいたいという実利的な考えもあるのだろうと勝手に想像しています。そうはいっても、私だったら自分の部屋で1人で見るだろうなあ。まあ、進路指導をする立場から言わせてもらうと、合否が目の前でわかる方が仕事がしやすいですけれども。
12月25日(火)
世の中はクリスマスですが、KCPの中は期末テストの結果に基づいて来学期のクラス編成をどうするかでわいわいがやがやしています。職員室のあちこちで、期末テストの採点結果を見ながら先生方が喧々囂々侃々諤々議論をしています。
私のクラスも、クラス内で学力差がだいぶ広がってしまいましたから、新学期はメンバーを入れ替えなければなりません。成績の低い方は、本当に授業内容を理解していたんだろうかと思えるほどです。やはり、授業にきちんと出てきている学生、家でもちゃんと勉強していそうな学生が、力を伸ばしてきています。伸び悩みの学生は、やはり、出席率が悪いか、勉強以外にうつつを抜かしていた形跡のある学生たちです。
Hさんもそんな1人です。入学した時は、どの先生からも期待の星として見られていたのですが、今やその面影もありません。アルバイトに励んでいるという噂を耳にしています。私たちがさんざん注意し続けてきたのですが、とうとう治りませんでした。Hさんの持っている才能を思えば、実にもったいないことです。Hさんには、鉄槌を下されたことで気持ちを入れ替えて、次の学期から新たなスタートを切ってもらいたいです。
鉄槌を下す予定の人は、まだまだいます。私のクラス以外も、リストアップされつつあります。明日からは、その学生たちとの戦いが始まります。上がりたい学生と、上がらせたくない教師と、どちらが勝っても、ハッピーな感じにならないところが厳しいです。来週の火曜日は元日です。気持ちよく新年を迎えたいんですがね。
12月21日(金)
12月の卒業式がありました。今回の卒業式は、2011年1月に入学した学生が主力です。この学生たちは入学してすぐに東日本大震災に見舞われた人たちです。初級に入った学生たちは、何が何やらわからないまま時が過ぎていったのではないかと思います。また、その次の学期、学生の減った学校を支えてくれたのもこの学生たちです。彼らのがんばりがなかったら、今のKCPがなかったかもしれません。ことにMさんは、短期ビザの時代も含めて2年半もKCPに在籍してくれました。そういう意味で、今日の卒業生にはどんなに感謝してもしすぎるということはありません。
それから、今日の卒業式には、KCPから直接日本の企業に就職する学生も含まれています。Lさんは、まだ残暑の厳しい頃から就職の面接を受けていました。Lさん自身のさわやかな人柄も評価されたのでしょう、みごとに難関をパスしました。これからKCPも就職に力を入れていこうと思っていますから、Lさんは後輩の大きな、でも身近な目標です。
そういうわけで、今年の12月の卒業式は、例年に増して意義深いものでした。3月の卒業式に比べればずっと小規模ですが、各卒業生の思い出を各先生方が語り、とてもアットホームな雰囲気で卒業式が行われました。Lさん以外は、進学先が決まった学生、まだこれから受験がある学生などさまざまですが、卒業しても私たちはずっとみなさんのことを見ていますから、遠慮しないで相談に来てくださいね。
12月20日(木)
期末テストのあと、アメリカのプログラムでKCPに留学している学生の修了式がありました。午前クラスの期末テストのあとに行われた中上級の学生の修了式に参加しました。修了式では、毎回、修了証書をもらった学生が日本語でスピーチします。今日の学生もスピーチしましたが、そこで感心させられたのは、学生たちの“C”の発音です。
アメリカのプログラムの参加者ですから、英語を母語としているか非常に堪能な人たちばかりです。でも、今日のスピーチで学生たちが「KCP」と言った時の“C”は、英語の“C”の発音ではなく、日本人が「ビタミン・シー」なんて言う時の“シー”でした。学生たちは日本語の“シー”を身につけたのです。
英語を英語らしくなく発音することは、学生たちにとって気持ち悪いことだと思います。日本人が英語を話す時外国人のまねをして、”I go to シブーヤ”なんて言うのと同じじゃないんでしょうか。その気持ち悪い発音が自然に出てくるあたりに、今日の修了生が日本に慣れ親しみ、日本語をしっかり身につけたことを感じました。
このレベルに至るまでに修了生たちの払った努力は並大抵のものではないでしょう。自ら進んで日本語にもまれ、時には不快な思いもし、壁にも突き当たり、そういうものを克服して手にした“栄冠”です。同時に、日本や日本人のいい面も悪い面もつぶさに見てきたことでしょう。この経験を活かして、是非とも日本通として企業や公的機関など、それぞれの仕事の場で活躍してもらいたいです。それだけの内的充実を有していると、私は信じています。
今日の修了生たちのような人材が世界中に広がっていけば、日本の未来も明るさが増してきます。そのために微力を捧げる…なんて言ったら、大げさすぎるでしょうか。
12月19日(水)
11月のEJUの成績が届きました。留学試験のホームページには「12月18日発送」となっていますから、昨日から「成績、まだですか」と聞いてくる学生が大勢いました。郵便物は届くまでに1日かかると説明しても、「東京の中だけですから、今日届きませんか」と食い下がる学生も。そんなこと言われても、届いていないものは届いていないんですからねえ。
何はともあれ、午前中に成績通知が届き、午後から学生に配り始めました。受け取った学生は悲喜こもごもでしたが、「喜」の代表はSさんじゃないでしょうか。6月に比べて、日本語が75点、総合科目が50点、数学も20点上がりました。Sさんは本当に努力を続けてきましたから、ある意味、当然の結果です。
それに対して、「悲」の代表はHさんでしょう。Hさんにはお父さんと約束した目標点数がありました。目標点に届かなかったら、帰国させられるのです。しかし、結果は無情にも、その点数を3点下回りました。もらったとたんに顔面蒼白となり、今にも泣きださんばかりでした。でも、残酷なようですが、これもまた当然の結果だと思います。Hさんは頭は悪くないのですが、詰めが甘いです。わかったと思ってしまったら、それ以上深く追求しないきらいがあります。それに加え、アルバイトがきついからと学校を休んだりなど、生活面にも油断がありました。Hさんは、目標を3点下回っても日本留学継続を認めてもらうために、お父さんに交渉しなければなりません。足取り重く帰宅していきました。
夕方、今年の3月にKCPを卒業して専門学校に進学したCさんが顔を出してくれました。W大学に受かったそうです。それはおめでたいことですが、Cさんは、KCPにいるときもっとまじめに勉強していれば、去年合格できたかもしれないと言っていました。CさんもHさん同様、頭のいい学生でした。でも努力はあまりししているようには見受けられませんでした。
KCPには国で高校を出たばかりの学生が数多く集まります。厳しい親の目から離れて遊びたくなったり、自分でお金を稼ぐことに必要以上に喜びを感じてしまったり、精神的に舞い上がりすぎたり落ち込みすぎたり、とかく本来の目的を忘れてしまいがちです。それをまた勉強の道に引き戻すのが教師の役割ですが、これは並大抵の仕事ではありません。一度痛い目にあって初めて勉強の大切さがわかるというのが、平均的な留学生の姿なのかもしれません。
Hさんには、是非、お父様から許しをいただいて、来年の6月のEJUで捲土重来を図ってもらいたいです。
12月18日(火)
今日は上級の入口のクラスで、天声人語を読ませました。文法的にはこのクラスの学生にも十分読めるレベルですが、語彙や文章構成でちょっと難しいところがある記事です。学生たちがどんな反応をするかも密かな楽しみでした。
「天声人語は日本で一番有名なコラムなんだよ」と軽く紹介して、学生たちに読ませました。固有名詞や読めそうもない漢字にはフリガナをつけておきましたが、学生たちは結構なペースで辞書を引いて漢字の上に読み仮名を書いていきました。そういうことをする学生は優秀な学生で、記事を配ってもぽわーんとしているSさん、読み始めたけどすぐにあきらめてしまったYさん、Nさんなど、挫折する学生も少なからずいました。630字ほどの文章なので頑張って読み通してもらいたかったのですが、それだけの気力が湧かなかったのでしょう。
内容を理解する助けになる設問をつけておいたので、それに従って読み進めました。学生を指名して音読させると、ギブアップ気味だったSさんもYさんもNさんも、プリントに集中しだしました。設問の答え合わせをし、その背景を解説すると、メモを取り始めました。
今日は進度に余裕があったので天声人語を取り上げたわけで、これは期末テストには出ません。そうすると、学生たちの関心は文章の読解よりも、そこから導き出される日本人の考え方や文化に集中します。だから、解説が始まったとたんに元気になったのです。そういうことは織り込み済みだったとはいえ、辞書に頼らず最後まで読み通そうとしたWさんやIさんをの姿を見ると、チャンスを見つけては自分の力を伸ばそうとする姿勢にほっとさせられます。
話が盛り上がって予定外のところまで広がってしまい、終業のチャイムと共に泡を食って切り上げたため、宿題プリントを配るのを忘れてしまいました。あーあ。