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KCP校長ブログ

  KCP地球市民日本語学校校長・金原宏のブログです。

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スカイツリーライン

5月22日(火)
 今日は東京スカイツリーのオープンの日でしたが、あいにくのお天気となりました。朝、出勤時は雨はまだ降っていませんでしたから、私の家の前(直線距離3キロ)から何とかスカイツリーの姿が見えました。でも、日中はずっと雨でしたから、スカイツリーの展望台はきっと雲の中だったでしょう。下界も望めず、遠見も利かず、残念な景色だったと思います。
 そのスカイツリーのオープンに合わせてというか、それに先立ってというか、東武鉄道の最寄り駅は3月17日に業平橋(なりひらばし)という歴史的な名前を捨てて、「とうきょうスカイツリー」駅と改名しました。在原業平(ありわらのなりひら)とのかかわりがある由緒ある駅名を惜しむ声もありましたが、まあ、これはしかたのないところじゃないでしょうか。この駅は本当にスカイツリーの前、足元にあるのですから。
 駅名を新しくしたのと同時に、とうきょうスカイツリー駅がある線の名前も「東武スカイツリーライン」という愛称がつきました。一見私と関係なさそうですが、私が通勤に使っている地下鉄日比谷線は、北千住からこの線に乗り入れているのです。3月16日までは「東武伊勢崎線直通北越谷行きです」という車内放送だったのですが、ある日、「東武スカイツリーライン直通北越谷行きです」というアナウンスが耳に入ってきました。思いっきりずっこけました。
 毎日「東武スカイツリーライン直通北越谷行きです」と聞かされていればそのうち慣れてしまって何とも思わなくなるのでしょう。しかし、このアナウンスは愛称がついてから2か月あまりになりますが、まだ2回か3回ぐらいしか聞いていません。それだけに、たまに聞くとよりいっそう奇異に聞こえてしまうのです。東京メトロの車掌さんは、「東武スカイツリーライン」とアナウンスすることに気恥ずかしさを感じているのではないかと思います。東武鉄道の車掌さんはどんなアナウンスをしているのでしょう。東武の車掌さんすら使っていなかったら、この愛称は定着するはずがありませんから、即刻やめたほうがいいです。また、せめて乗り入れてくる日比谷線の車掌さんぐらいには普通に言ってもらえないと、この愛称も広がらないでしょう。
 東武がどんなアナウンスをしようと、スカイツリーはオープンしました。今日はどうしようもない天気でしたが、明日は晴れて暑くなるそうですから、きっと視界も広がり、高さ450mの天望回廊からはすばらしい景色が望めることと思います。新しい東京のシンボルを温かい目で見ていきたいです。

  • 2012年05月22日(火)17時05分

金環食

5月21日(月)
 今日の話題は何と言っても金環食でしょう。7時少し前ぐらいからだんだん薄暗くなり、外は夕方のよう。金環食が見えるはずの東の空は雲が掛かっていましたが、雲のすき間から時折顔を見せる太陽は、明らかに力を失っていました。ピンホール写真の応用で太陽の形を紙に写してみると、部分食状態の太陽が見られました。
 KCPで一番よく東の空が拝める6階の喫煙所には、OさんとMさんが来ていました。雲が薄くなったときに目を凝らせば半欠けの太陽が見えました。これをやると目を傷めるおそれがありますからしちゃいけないんですけど、雲にさえぎられた弱々しい光を見ていると、やっちゃいたくなりますよね。
 7時半を回り、金環食の時間帯になると、まん中が黒くなった太陽が見えました。雲を通してでしたからシャープさはありませんでしたが、確かに金環食の太陽がそこにありました。OさんもMさんも、K先生もT先生も、その太陽をカメラに収めていましたが、果たしてどれだけはっきり写ったでしょうか。私はこういうのは自分の記憶にとどめておく主義ですから、写真は撮りませんでした。
 授業が始まる9時には、太陽はいつもの輝きを取り戻していました。天体ショーが嘘のようでした。次に東京で見られる金環食は300年後だそうで、それが見られるとしたら、何回か生まれ変わった後の私でしょう。でも、OさんやMさんなら、KCPで勉強したことを武器にして世界をまたにかける活躍をしていれば、日本以外の地球上のどこかで次の金環食を見ることも夢ではありません。優秀な2人なら、これも十分に考えられます。そんなことを考えたら、2人の背中が金環食の縁から見える太陽のように、きらめいて映りました。

  • 2012年05月21日(月)19時12分

ちょっときました

5月18日(金)
 夕方5時過ぎ、中間テストが終わってほっとしていたところに、ちょっとガタガタッときました。K先生は「久しぶりにパソコンのディスプレイを手で押さえた」なんて言ってましたが、警戒態勢をとりたくなるくらいの揺れでした。気象庁の情報によると、新宿は震度2で、震源に近い茨城県でも震度4でした。
 私は、まっ先に道をはさんだ向かい側のビルを見ました。あの地震のとき、新しいほうのビルはほとんど揺れていなかったのですが、古いほうのビルはすさまじく揺れていて、もし倒れたら大変なことになる、何とか持ちこたえてくれと祈ったものです。以来、体感できる地震が起きるたびに向かい側のビルを注視する癖がつきました。
 あの地震以来、原発の安全性に疑問符が付けれれ、最後まで運転していた1基も連休中に停止し、日本は原発ゼロの状態が続いています。このままの状態で夏を迎えるなら、去年以上の節電が必要だと言われています。私は全国民がぜいたくを慎めば原発なしでも夏は乗り切れると考えています。国民が生活をしていく上で最低限必要な電力は、現状でも何とか確保できるでしょう。しかし、そういう生活を続けていったら、おそらく日本経済は成り立たなくなってしまうだろうとも思っています。国民がある程度のぜいたくをすることを前提に経済が回っているため、それがなくなると景気ががたがたになるかもしれません。
 私は経済の専門家ではありませんから感覚的な物言いしかできませんが、高度経済成長やバブル経済を経て、日本の経済は筋肉質から贅肉質へと変わってしまったのではないかと思います。働いている人たち自身は真摯であり必死であっても、その仕事自体が実は日本の贅肉維持のためだということがあるのではないでしょうか。経済のしくみ、生活のあり方の根本に手を付けていかないと、贅肉を落としなおかつ国民全体が幸せになることはできません。でも、これはたやすいことではありません。今の日本にこれを断行していける知恵と力のある人がいるでしょうか。
 日本の最大の問題は、地震でも放射能でも節電でもなく、まさにこの点なのです。

  • 2012年05月18日(金)19時02分

質問のレベル

5月17日(木)
 Sさんは理科系の大学進学を目指す学生です。去年の4月入学で、受験講座ももう2年目です。去年のうちは、理科系大学進学希望と言いつつも理科の実力がまだまだでした。理系科目の勉強に打ち込む気になっていないように見えました。今年の1月には、場合によっては引導を渡してもいいと思いながら、理科系に進む意志を確認しました。これが刺激になったのでしょうか、今年4月になってから、毎週受験サポートでやってくるKCP卒業生のW大学生Oさんを捕まえては盛んに質問しています。いよいよ尻に火がついたかなと思いながら見ていました。
 そのSさん、今日は数学のM先生を捕まえ損ねて、私のところに数学の問題を持ってきました。EJUの過去問ですが、極端に難しい問題ではありません。書きかけの答案を見ると、数学に対するカンのよさは感じましたが、いかんせん真正面から取り組みすぎです。力でねじ伏せようというにおいがしました。でも、EJUは力業だけでは点が稼げません。短時間にいかに多くの問題を処理するかで勝負が決まります。そのためには、搦め手から攻めることも考えねばなりません。
 今日の質問も、ちょっと工夫を加えれば力業で解くよりずっと短い時間で解けます。それを教えてあげると、胸のつかえが取れたのか、実にすっきりとした顔をしていました。Sさんのことですから、このちょっとの工夫を他に応用していくことはできるでしょう。難問をねじ伏せるだけの力はもっているのですから、テクニックを身に付ければ鬼に金棒でしょう。
 Sさんの質問の内容を聞いていると、今力をつけている最中という感じがします。テクニックを身に付けた上で、さらにもう一ひねり必要な問題を聞いてくるようになったら、Sさんの実力も本物です。私が余裕をかましていられなくなるような質問が出てくる日を、楽しみにしています。

  • 2012年05月17日(木)20時32分

テストをためると

5月16日(水)
 中間テストをあさってに控えて、再試験や追試験を受ける学生が授業後大勢やってきました。中間テスト前に実施されたテストは、中間テスト前までに追再試を受けなければすべて0点扱いになりますから、受けるほうも必死です。
 Pさんは束になるほどのテストを受けましたが、全部済ませることができませんでした。「もう、頭に何も入らない」という言葉とともに、未受験テスト2つを残して帰っていきました。私の年の半分にもなっていないはずなのに、疲労困憊しきった顔をしていました。Eさんも疲れ果てた顔で、明日もテストを受けることにして職員室を去りました。それに対してCさんは根性で大きなテストを片付けていきました。しかも、どのテストも決して悪い点数ではないのです。どうして決められた日に受けなかったのでしょうか。
 この3人は、みんな、いやなことは先延ばしするという留学生にありがちな悪い癖を発揮してしまったに違いありません。「水と学生は低きにつく」とは古くからの箴言ですが、こういう性質は世代を問わず同じなのだなと思わせられます。そして、「のど元過ぎれば熱さを忘れる」という名言の通り、こんなに苦しんで懲りたはずなのに、中間テスト後また同じことを繰り返し、期末テスト直前に断末魔の苦しみをまた味わうのです。
 学生が苦しむだけなら自業自得ですから、ある意味、当然のことです。しかし、その追再試に付き合わされる教師は、言っちゃあなんですが、とんだとばっちりです。「あれほどしつこく早く受けろと言ったのに…」とぼやきたくもなります。指導力が弱いからこういうことになるんでしょうかね。

  • 2012年05月16日(水)19時29分

異次元の世界

5月15日(火)
 物理、化学、生物と、毎週理科を3科目も教えていると、他の先生方と生きる世界が違うような気がしてきます。
 まず、私の机の上には、物理、化学、生物の教科書・参考書・問題集がずらりと並んでいます。EJUの過去問とその解説でパンパンに膨らんだファイルが、机の上に収まりきらずにカラーボックスに並べてあります。日本語の授業で使う教科書類は、理科のファイルの下の段です。
 また、授業前の準備にかける時間が違います。理科は教科書や参考書、図版などをじっくり読み込み、必要に応じてインターネットからの知識も利用して授業に備えます。何せ、日本人の高校生が受ける授業時間数の1/3か1/4ぐらいで同じだけの知識を伝え、演習もせねばならないのです。授業はスピードが要求され、必然的に効率よく教えていくことが求められます。唯一の救いが、学生たちは国で勉強したことがあるという点です。でも、その内容を日本語に置き換える作業のお手伝いという仕事が追加されます。言うまでもないことですが、学生たちの理解度を見ながら授業の進め方を調節しています。
 6月のEJUが終わったら、大学の2次試験に備えて演習問題をバリバリやっていかなければなりません。EJU向けの理科の問題集はどうも頼りないので、日本人の高校生向けのを使います。そうすると、問題集の解答がそのままでは使えないことがよくあります。その時には、留学生が読んでもよくわかる解答を作り直します。
 …という仕事は、私以外に代わりにやってくれる先生がいないので、すべて私が一人でやっています。そういうわけで、他の先生方とは違う世界を生きていかざるを得ないのです。「ざるを得ない」と書きましたが、私は楽しみながらやっています。物理の公式をいじくり回して答えを出すのも、反応式をあれこれ考えるのも、生命の神秘に思いを馳せるのも、私にとっては至福のひとときです。
 今日も免疫反応の世界に旅をしました。今週は金曜日が中間テストのため、物理と化学はお休みです。だから、木曜日まではまっとうな日本語教師に戻ります。

  • 2012年05月15日(火)18時44分

会話は聞くこと

5月14日(月)
 選択授業の会話クラスは、来週が中間テストです。私が入っている中級クラスは、4人1グループであるテーマについて会話をしてもらうことにしています。4人で会話を作るのですから、1人だけがやたらとしゃべりまくるのは認められません。しゃべりまくった人は、他のメンバーを無視したということで減点、そのグループは会話が作れなかったということで減点になります。そうではなく、各メンバーが他のメンバーの話に耳を傾けて適切に反応し、メンバー全員が気持ちよくしゃべり、なおかつ内容のある話をするというのが理想の姿です。
 会話という限りは、自分のことばかり話していてはいけません。他人の話もしっかり聞くという態度が必要不可欠です。学生はとかく話すテクニックばかり追いたがるのですが、相手の話に耳を傾けることによって気持ちよく話してもらい、より多くの有益な情報を得たり、相手との関係をより深めたりするのが、私たちが狙っている会話の最終形です。
 そもそも、会話とはコミュニケーションの一手段です。コミュニケーションはそれに参加する人たち双方向または多対多のやり取りです。ですから、自分の主張だけすればいいというわけにはいきません。相槌をはじめ、聞く態度、聞き出す技術にも重きを置きます。語学の最終目的はコミュニケーションを取ることですから、会話のテストもそれに沿ったものにしていきます。
 今日は、来週の中間テストの形を説明し、その練習をしました。こちらとしても、学生の出来具合によってテストのやり方を微調整しようと思っていますから、4人で会話をする学生たちをじっくり観察しました。私のクラスは、おおむね私の考えたとおりの運びとなりましたので、来週は今日の延長線上で進めます。会話の選択授業は今学期からの試みですが、何とか半分までたどり着きました。学生たちの実力が上がっているか、それを学生たちに実感させられているか、来週の中間テストで私たちも試されます。

  • 2012年05月14日(月)19時56分

大人の雰囲気

5月11日(金)
 今日は夕方から卒業生が次々来ました。重なることもあるもんだなあ、なんて思っていたら、卒業生が集まって新宿で食事会をするそうです。Jさんが発案者で、Wさんが実質的な幹事で、いろんな人に呼びかけてけっこう集まるんだとか。みんなそろそろ就活の心配をし始めなければならない時期です。そんな情報交換もするんでしょうね。
 Bさんを初めて見た時は、失礼ながら山出しという感じでした。でも今はもうすっかりF大学の学生になりきり、顔つきもずいぶんと大人らしくなりました。フェイスブックを見ると、日本人の学友に完全に溶け込み有意義な留学生活を送っているようです。レポートが大変と言いつつも、その顔は自信に満ちていました。Jさんも幼さがすっかり抜けて、大人の雰囲気を醸し出していました。職員室にいた先生みんなから「やせたね」と言われて、うれしそうにしていました。KCPにいた時にはまだ幼児体形だったんでしょうね。Yさんは連休に京都へ行っていたとかで、お土産を買ってきてくれました。そんなふうに気を回すあたりに、成長を感じました。
 みんなそれなりに成長していますが、それは同時に苦労もしていることなのでしょう。苦労を糧に大人への階段を上ってきたのだと思います。国にいた時から考えると、日本で1人暮らしを始め、日本語の勉強で苦しみ、進学までに挫折も体験し、進学してまた新たな環境でゼロからのスタートを切り、日本語学校とは一味違う学問の厳しさにもまれ、現在に至っているわけです。Bさん、Jさん、Yさんと同じ年頃の私に比べて、数倍も厳しい道を歩んでいる気がします。でも、その苦労を感じさせないどころか私たちに元気をくれるのです。見上げたもんですね。
 今ごろは食事会が大いに盛り上がっていることでしょう。お互い刺激しあってパワーアップし、さらに有意義な留学生活を送ってもらいたいです。

  • 2012年05月11日(金)22時04分

突く

5月10日(木)
 中級クラスの漢字の授業で、「突」を扱いました。みなさんは「突」を使った単語というと、どんなのを思い浮かべますか。KCPの漢字の教科書では、突然、突発的、衝突などを取り上げています。こういう漢語は辞書で調べれば意味もわかるし、意味の範囲もさほど広くはありません。ところが「突」の訓読み「つく」はどうでしょう。同訓異義語の「付く、着く、就く」などを除いたとしても、まだまだいろいろな意味があります。
 学生たちに「『突く』ってどうすること?」と聞いてみると、まず基本的な「棒状の物を何かに強く当てる」という意味が十分に理解されていないようでした。私が動作で示すと、「じゃあ、『刺す』とどうちがうんですか」。別の学生は「たたく」「なぐる」動作をしながら「これは何というんですか」。しばらくは基本的な動詞の解説コーナーとなってしまいました。
 以前も、「触る」と「なでる」と「こする」と「さする」の違いを聞かれたことがあります。見たり聞いたりするんだけどもう一つスカッと理解できない単語が、学生の周りにうじゃうじゃいるのでしょう。ここで挙げたような単語は、学校の授業では系統立てて教えることはないでしょう。しかし、こういった単語は、日本人なら子どもでも知っています。そこが中級の学生が苦しいところなのです。
 私は中級と上級の最大の違いは頭の中の語彙数だと思っていますから、中級のクラスでは1つの単語からそれに関連付けてできるだけたくさんの単語を紹介するようにしています。それらを全部使えるようにするのはとても無理ですが、聞いてわかる、見てわかるという理解語彙のレベルにはしてあげたいと思って授業をしています。今日の学生たちは、「突く」が理解語彙になったでしょうか。

  • 2012年05月10日(木)23時50分

読解の時間

5月9日(水)
 Tさんは理系の大学院進学を目指している学生です。研究計画書の骨格となる文章を書いてきて指導担当のM先生に出しました。M先生にそれを見せてもらいましたが、理系出身の私にとっても、かなり想像力をたくましくしないと言わんとするところがつかめませんでした。今日は、雷が来るちょっと前ぐらいに、Tさんと話をする機会がありました。1時間ぐらいTさんに文章を説明してもらい、こちらから質問し、Tさんの答えを私がもう一度まとめ、という作業を繰り返し、ようやくTさんが大学院で研究しようとしていることの中核部の輪郭が見えてきました。
 Tさんが書いた文章は大学院で研究したいことについてですから、どうしても専門用語が多くなります。Tさんはその専門用語を、辞書を使って日本語に直していました。辞書は理系の専門用語をそのまま理系の専門用語に翻訳してくれません。専門用語としての意味のほかに一般語としての意味があると、そちらを優先してしまいます。Tさんはそれに気づかずに辞書の言葉をそのまま文章の中で使ったため、何とも不思議な文章になってしまったのです。
 みなさんは「嫌気」を何と読みますか。日本人の99%は「いやけ」と読むでしょう。しかし、生物学の世界では「けんき」と読みます。もちろん意味も全然違います。「嫌気呼吸」を「いやけこきゅう」などとしてしまったら、意味は永久に理解できないでしょう。また、「power」を「力」と和訳してしまっては、物理学の論文は意味不明に陥ります。ことほど左様に専門用語が含まれている文章の翻訳は難しいのです。
 大学院進学希望者のサポートをしていくとなると、あらゆる専門分野でこのような苦労を重ねていくことになります。でも、それこそが学生の真に望んでいることにほかなりません。教師は常に辞書を超えた存在でなければならないのです。

  • 2012年05月09日(水)22時32分

休む理由

5月8日(火)
 Hさん、Gさん、Lさんは同じクラスの学生で、大学受験を目指して受験講座を取っています。通常の授業料に加えて、受験講座の受講料を支払っています。しかし、3人とも受験講座をよく欠席します。私の感覚では、受講料を払ったのなら1回たりとも休みたくない、休んだらもったいないと思うのですが、どうなのでしょうか。
 先日、Lさんには話を聞きました。進路の相談に来た時に私が勧めたK大学がEJU不要だから、というのが受験講座欠席の理由だそうです。Lさんの希望に合う大学の1つとしてK大学を勧めたことは確かですが、K大学に絶対合格できる保証はどこにもありません。また、K大学について私からの情報以外に調べた形跡もなく、つまり、Lさん自身の目でK大学を吟味しているとは思えません。それなのに、EJUなしの入試でK大学に合格し、自分の夢がかなった気になっているのです。その辺の思考回路には理解しがたいものがあります。
 Hさんは連休の谷間の5月1日・2日に学校を休みました。今日はそのときに行われたテストを受けに、授業後職員室へ来ました。GさんはHさんの付き添いです。Hさんのテストが終わったあと、2人に話を聞きましたが、欠席には大した理由はないようでした。私から注意されたからなのかどうか、2人とも今日の受験講座には出席しました。
 3人にとって受験講座はオプションなので、絶対に出席しなければならないものではありません。また、出てみたけど受験講座は役に立ちそうもないというのであれば欠席するのもうなずけますが、そうでもないようです。受験講座以外で勉強しているかといえば、そうでもなさそうです。今学期の受験講座が始まってまだ1か月も経っていません。それなのにこんなようでは、先が思いやられます。
 キリギリス状態のこの3人を、何とかアリに変える方法はないものでしょうか。

  • 2012年05月08日(火)19時54分

連休後半

5月7日(月)
 月曜日の朝1番の授業は会話です。今日は連休明けですから、連休中の出来事を話してもらいました。中級ともなると、6月のEJUを意識している学生も多く、勉強と答える学生が目立ちました。
 私は、勉強とは縁の薄い連休後半を送りました。前半も関西を歩き回りましたが、後半も金物の町・三木(みき)、御坂(みさか)サイフォン橋、高取城址(たかとりじょうし)、壷阪寺(つぼさかでら)、根来寺(ねごろじ)など、またもやマイナーなところばかりめぐってきました。おかげで、混雑には全く出会わず、快適な連休でした。
 この中で一番良かったのは、御坂サイフォン橋でしょうか。山から向かいの山へ用水路を通す時、谷を越えなければなりません。そこで、山肌に沿って水道管を下ろし、谷底に流れる河を橋でまたぎ、再び向かい側の山肌を上らせるのです。両側の山の高低差約2mを利用し、サイフォンの原理で谷を越えるのです。橋の上から両側を見ると、この人工物の雄大さがよくわかります。明治時代に造られた物ですから、すでに100年以上が経過し、自然景観ともマッチしています。この用水路ができたおかげでこの近辺は水の便がよい土地となり、住民に富をもたらしました。今でも現役というところがうれしいじゃありませんか。
 この御坂サイフォン橋の近くに、志染の石室(しじみのいわむろ)があり、そこに湧き出る水にヒカリモ(光藻)が生息しています。ヒカリモが輝くのは早春だと言われていたので、あまり期待していませんでしたが、私が行った時には、きれいに輝いていました。実った稲穂をもう少し金色に近づけて、透明感を持たせたような色です…ではあまりいい説明ではありませんね。何はともあれ、眼福でした。
 今日の会話の時間に、もし私に話を振られたらこんなことを話そうと思っていましたが、学生たちが自分の連休をたくさん語っていたので、私の出番はありませんでした。教師がしゃべらないのが、いい授業なんですよね。

  • 2012年05月07日(月)23時36分

自主的に

5月2日(水)
 ちょっと気が早いですが、5日が祝日で学校がお休みですから、端午の節句をしました。クラスごとに、講堂に飾り付けられた5月人形を見て、写真を撮って、それから柏餅とお茶をいただきました。
 5月人形はひな人形ほど華やかではありませんが、質実剛健と言いましょうか、目立たずとも主張すべきことはしっかり主張しているという感じがします。学生たちからも、おひな様に負けず劣らず質問が飛んできました。というか、ひな人形ほど海外には知れ渡っていないので、みんな知りたがるのかもしれません。私のクラスでも、いつもはあまり発言しないHさんが最前列に陣取って、人形が身に付けているものなど、いろいろと聞いてきました。こういう形で学生の意外な一面が垣間見られるのも、行事の面白いところです。
 柏餅を食べてお茶を飲むと、柏餅の葉っぱや使った湯飲みが出てきます。葉っぱは集めて捨てるだけですが、湯飲みは使い捨ての紙コップではなく瀬戸物ですから、洗って次のクラスに回さなければなりません。ということは、当然、湯飲みを洗う人が必要となります。「湯飲みを洗ってくれる人」と私が聞いた時に、真っ先に手をあげてくれたのがWさんとAさんでした。他の学生が教室へ戻るとき、2人はクラスの人数分の湯飲みが入ったバケツを下げて、洗い場へ向かって行きました。
 ほかの国はどうか知りませんが、日本ではこういうふうにみんながしたがらない仕事を進んですることが高く評価されます。2人が何かの折に推薦書が必要になったら、私は必ずこのことを書きます。私たち教師の仕事には、学生のいいところを1つでも見つけて、それを役立てるべき時に役立てることも含まれています。逆の意味で「天網恢恢疎にして漏らさず」というところでしょうか。WさんやAさんの書類に今日のことを書いてあげる日が来るのでしょうか。

  • 2012年05月02日(水)23時35分

プロの味

5月1日(火)
 春の連休は毎年恒例となっている関西旅行。お天気に恵まれ、着ていった長袖のポロシャツはほとんど腕まくりしていました。町の中を、山の中を歩き回って、いい汗をかいてきました。
 今回の旅行で一番良かったのは、京都の大文字山です。お盆に行われる五山の送り火で、大文字山は京都の街のどこからでも見られるので、逆に大文字山に登れば京都の町中を眺め下ろせるのではないかと思いました。
 銀閣寺の山門前を左に折れて、突き当りの神社の前を右に曲がると大文字山の登山口。そこからひたすら山を登ります。案内板も出ているし、道もつけられているし、山頂までは迷う心配はありませんが、けっこう急な坂道もあって、足元はしっかりしておかないといけません。登ること30分、私は歩くのが特に速いですから普通の人なら45分~1時間ぐらいはかかるでしょうか、中腹の送り火をたくところ(火床)に着きました。ここからの眺めは絶景です。平安神宮の鳥居も、下鴨神社の糺の森(ただすのもり)も、京都駅も、京都の町は予想通りみんなよく見えました。冬晴れの日なら、もっと遠くまで見通せたことでしょう。足元を見れば、薪を据え付ける石組みの並びが「大」の字になっているのがよくわかりました。
 頂上までの道のりはさらに険しく、多くのハイカーが火床から折り返していったのがよくわかりました。さらに20分ほど登って、頂上に着きました。もちろん頂上も絶景でしたが、火床で森の中から突然パノラマが開けた感激のほうが大きかったです。
 というような次第で、最近の私の関西旅行は、金閣寺や東大寺の大仏、神戸の異人館といった有名なところではなく、あまり人が近寄らないようなところばかりになっています。今回も、大文字山の直前は山科から琵琶湖疎水をたどって歩いてきたし、大阪市内では毛馬の旧閘門というマニアックな、でも迫力満点の近代文化遺産を見てきました。やっぱり、こういうところを見なきゃ、プロじゃないですよね。

  • 2012年05月01日(火)23時37分

天啓?

4月27日(金)
 受験講座のテキストを発注したところ、絶版になったという返事が来ました。そんなバカなと思ってその出版社のホームページを見たら、そのテキストはすでに消し去られていました。ユーザーの評価が高い本なのにどうしてでしょう。
 EJUの基礎科目(総合科目、数学、理科)の参考書は高いです。留学生のために丁寧に解説されているかといえば、日本人向けの参考書に振り仮名をつけただけではないかと思えるものも多いです。そんなレベルの参考書に、日本人向けの2倍も3倍ものお金を払うのは納得がいきません。私ですらそう思うのですから、学生はもっと激しくそう感じていることでしょう。
 だから、私は日本人の高校生向けの参考書の中からわかりやすいのを選んで、受験講座のテキストとして使ってきました。その中の1冊が絶版になってしまったのです。また新しいテキストを見つける旅に出なければなりません。大きい本屋さんで気の利いたものを発掘してこなければなりません。どうせなら、学生たちの弱点に手厚いのを選びたいです。発掘したら、そのテキストを研究するという仕事が待ち受けています。
 ユーザー評価は出版社も気にしているでしょうから、それが高くても絶版にするということは、私が使っているテキストも今年いっぱいぐらいの寿命かもしれません。近々日本の高校のカリキュラムが変わりますから、やむを得ないところですね。今のテキストはもう3年ぐらい使っていますから、いろいろと垢がたまって、替え時でもあります。よりいっそう学生のニーズに合った授業をせよという天啓だと思って、また勉強し直しましょう。

  • 2012年04月27日(金)22時55分

辛い選択

4月26日(木)
 物価の高い日本で留学生活を送る上で、奨学金は大きな助けになります。日本語学校から大学などに進学しようとする学生は、そうそう長い時間をアルバイトに割くわけにもいかず、奨学金が貴重な生活費や学資になります。
 今日と明日の2日間で、文部科学省が支給する学習奨励費の受給候補者の面接をします。毎年希望者が非常に多いので、出席率や成績などで1次選考をした後に面接で最終決定します。今日は4名の学生の面接をしました。1次選考を通ってきただけあって、どの学生もみんないい学生です。全員を受給者にしてあげたいのですが、そういうわけにはいきませんから、連休直前の今日・明日は頭を悩ますことになりそうです。
 そういう甲乙つけ難い学生たちに無理やり甲乙をつけなければならないのは、本当に辛いです。入試の面接練習のシーズンになると「○×大学は落とすための面接をするぞ」などと学生たちに言っていましたが、自分が落とすための面接をするとなると、心がふさいできます。大学入試なら面接官は受験生には初対面ですが、私の面接は顔見知りの学生たちばかりで情もあるので、なおのこと苦しい選択を迫られます。
 でも、逆に考えると、今年はそれだけ粒ぞろいなんですよね、学生が。学業面だけではなく、人間的にもすばらしい人たちがKCPに集っているのですよ。その原石を、これから1年磨き上げていけるのです。どんな輝きが生まれるのか、楽しみじゃありませんか。

  • 2012年04月26日(木)22時16分

大人買い

4月25日(水)
 学生たちは10時半のチャイムが鳴るやいなや脱兎のごとく教室を飛び出し、1階のピロティに向かいました。私も職員室に出席簿を置いて、大急ぎで1階に下りましたが、すでに黒山の人だかり。今日は毎学期恒例のバザーがありました。先学期は授業やら受験講座やらで、気が付いたらもうバザーはもう終わっていたというわけで、私にとっては半年ぶりのバザーです。
 前回からボランティアクラブの面々がバザーをお手伝いしていますが、今回、初めてその様子が見られました。友達に品物を勧めたり品出しを手伝ったりと、かいがいしく体を動かしていました。前回に引き続き、今回も売り上げが伸びたとのことです。そのかなりの部分は、ボランティアクラブの学生たちの尽力によるものでしょう。売り上げは恵まれない子どもたちの施設に寄付されますから、学生たちの働きで売り上げが伸びたとしたら、彼らは間接的に社会貢献をしたことになります。
 今日は午後の授業が始まった直後のいちばんすいている時にも顔を出せたので、ゆっくり品物を見ることもできました。セッケンが安かったので、ちょっと大人買いをしてしまいました。売り場に出ていたいろんなメーカーのセッケン全部を買い占めたのです。…といっても360円ですから、大人買いの範ちゅうに入れてもらえないかもしれません。でも気持ちいいもんですね、箱の中の商品を一気に買い上げるって。まあ、セッケンは浴室でも洗面台でも使いますから、いくつあってもいい物です。決して無駄遣いはしていません。
 セッケンのほかには折り畳みの傘を買いました。100円です。ちょっと小ぶりなのが難点ですが、今まで使っていたのが壊れてしまい、連休に出かけるときどうしようかと思っていたので、絶好のタイミングで買えました。
 セッケンと傘と合わせて460円。施設の夕飯1人分ぐらいでしょうが、ささやかな慈善事業をさせてもらいました。セッケンと傘で朝より重くなった鞄には、私の満足感も詰まっています。

  • 2012年04月25日(水)22時32分

悩み多き若者

4月24日(火)
 今日は最高気温が24.3℃になり、校内にも半袖姿の学生が現れました。昨日の日中より10℃以上も高くなりましたが、暑いという感じはしませんでした。涼しいというよりは冷たかった空気が温まるには時間がかかるのでしょう。外に出ると空が明るく、気持ちのいい1日でした。
 4月24日の最高気温の平年値は20.3℃で、これは10月下旬ごろと同じです。また、日の長さは13時間25分で、8月のお盆のころと同じです。つまり、4月の下旬とは、秋たけなわのころの空気とお盆のころの日の光をあわせ持っているわけです。これが、春の明るさとさわやかさにつながっているのです。
 そんなさわやかな空気とは裏腹に、Gさんは袋小路に迷い込んでしまっているようです。先週、受験講座の日本語のクラス分けテストでひどい成績を取ったことから、自信をすっかり失ってしまいました。「たかがクラス分けテストじゃないか」と、私のような年寄りは言ってしまいますが、若くて期待もされ、その分不確定要素も抱えているGさんにとっては、その成績が致命的に思えてならないのです。
 その成績を知ってからというもの、Gさんは自分の周りの人に手当たり次第に不安な気持ちを訴え、助けを求め続けています。「甘ったれるんじゃねえ」と叱り飛ばしてやりたいところですが、そんなことをしたら首でも吊ってしまいかねないような表情です。
 確かに、私たちの励ましか何かも必要でしょうが、最後には自分の力で乗り越えなければならない峠です。ここで挫折するならしてしまって、早く国へ帰ったほうがGさんの将来のためだとも思います。今日もGさんはK先生と長い間話していました。K先生はご自身が教えられた学生の実例を交えて、Gさんに具体的で身近な目標を与えようとなさっていました。でも、Gさんの心はなかなか上向かないようでした。今週末からの連休で、Gさんが一皮むけてくれることを祈らずにはいられません。

  • 2012年04月24日(火)18時36分

会話の授業が始まりました

4月23日(月)
 今日から、会話の選択授業が始まりました。私が担当したクラスでも、会話授業の目的を確認した後、ウォーミングアップとして簡単な言葉で口を動かす練習から始めました。最初はなんとなく恥ずかしそうにしていた学生たちも、ノートと鉛筆から離れて思いつくことを口にしているうちに、打ち解けてきました。連想ゲームのような子供だましみたいなゲームでも目を輝かせて取り組んでいる学生たちを見ていると、今までの私たちの会話授業に不足していたものを強く感じさせられました。
 会話とおしゃべりは違います。おしゃべりは気楽に時を過ごすための手段の一つであり、会話は何かの目的を達成するために行うものだと思っています。その「目的」とは、人を動かすこと、自分の心を伝えること、何かを説明すること、物事を描写すること、あるいは、ある文法や語句を使いこなすことなど、いろいろあります。でも、今までの私たちは、それにとらわれすぎていたのではないかと思いました。
 今日はそういう「目的」の色はあまり濃くせず、とにかく口を動かすことを第一としました。目的を表に出しすぎると、学生は構えてしまって、持てる力の半分も出せずに会話の時間が終わってしまっていたのかもしれません。また、会話の時間は講義ではいけません。今までの私たちは、会話と言いつつも、目的を考えすぎるあまり、講義に走ってしまっていたきらいがあります。
 今学期からは、1日の授業時間の半分、90分が会話に充てられます。学生たちにおしゃべりに走らせないように、なおかつ、学生たちが「今日はずいぶん話したなあ」という満足感を持ってもらえるように、これから毎回の授業を組み立てていきます。今日の授業、最初と最後に同じことばを口慣らしで言いました。最初の比べて最後は、学生の声が3倍くらい大きかったです。

  • 2012年04月23日(月)20時32分

世界の街角でこんにちは

4月20日(金)
 去年の3月にKCPを卒業し、W大学の大学院に進学したKさんが、O社に就職が決まったと報告に来てくれました。この時期に就職が決まったということは、修士の1年生のころから就職活動をしていたということです。大学院への留学生入試という難関を突破して、休む間もなく就活を始めたという計算になります。これからじっくり研究に取り組んで、すばらしい論文を書き上げることでしょう。
 私は、大学院は同じ大学からの持ち上がりでしたから、試験らしい試験もなく、学部の4年生から3年間のんびりと研究生活を送りました。華々しい就活をしたわけでもなく、研究室にやってきた会社の人の話を聞いて、奨学金をくれるという会社に決めてしまいました。Kさんは、それと比べるとかなり忙しい大学院生活だったようです。
 O社は日本国内のみならず、世界中で仕事をしています。世界で仕事ができるというところが就職先の決め手になったようです。私も世界に飛び出せるという文句に釣られて就職先を決めたのですが、世界に出ることはありませんでした。30年近くも前の話ですから、日本企業が置かれた環境も今とはずいぶん違います。私のころは自ら希望し、なおかつ優秀な人材だけが海外に出られました。しかし、今は希望しようがしまいが、優秀であろうとなかろうと、海外で仕事をする覚悟だけは求められます。Kさんは留学生ですから、もとより海外をいとう気持ちは少ないです。私が見る限り優秀な頭脳を持っていますから、O社に限らずどこの会社でもほしい人材ではないでしょうか。
 Kさんと話をしていると、G大学のAさんがアルバイトに行く途中ということで顔を出してくれました。古い東京人の感覚からすると、W大学とG大学は駅が1つ違うのですが、2人は同じ駅を使っていて、ときどき顔を合わせるそうです。私の感覚はJR駅利用ですが、2人は地下鉄駅を利用しているのです。東京都内でKCPの卒業生が出会うことはよくあるでしょうが、Kさんのように日本の国外で働く人がどんどん出てくれば、母国以外の思わぬところでKCPの卒業生同士がばったり…なんてことも夢ではありませんね。

  • 2012年04月20日(金)20時30分
Web Diary